心から透明な時計作り。 ー BRAND MINING : Armin Strom

BRAND MINING : Armin Strom
心から透明な時計作り。

ひたすら実直に過去の英知を温めて再考を繰り返せば、世に革新をもたらすことができる。
アーミン シュトロームが求めるのは、徹底したスケルトン加工による機械の透明性だけではなく、
機械式腕時計を愛する心の透明性だった。ここに今、「秘密をなくすこと」が論理的に実現されようとしている。

Photos アーミン シュトローム Armin Strom
Words くろのぴーす Chrono Peace

温故革新 – 故きを温めて、新しさを革める –

 アーミン シュトロームは「機械における透明性(Mechanical Transparency)」を掲げるブランドである。
「独立しているからこそ、その分クリエイティブでいられる。」
創業者サージュ・ミシェル氏がそう明言するほどに、彼らの作る腕時計は、詳しくない人にとってもその違いが一目で分かる。
 設立からたった15年のこのブランドは、伝統を再考し、古典的な時計作りを改善し、古き良きクラフトマンシップを掘り起こしながらも、それらを新たなステージへと引き上げようとしている。
 多くのブランドが「Swiss Made」を掲げるためのルールに準拠しつつも、原価を抑えるべく、そのパーツの多くを外部サプライヤーに頼っているのが昨今の事情だ。皆さんがよく知っているブランドも然りである。それに対してアーミン シュトロームはミシェル氏の多額の初期投資により、スタート当初より自社工房を構え、ほぼ内製で一から腕時計を作り上げることができる。彼らが作る作品がいかにユニークであるかを知れば、自由に使える設備が必須条件だったことがよく分かるだろう。
 マーケティング・ディレクターのエマニュエル・ビトン氏は、どのような人がアーミン シュトロームを好むのかという問いについてこう答えた。
「金銭的ではなく、モノとして機械の価値を追求する腕時計愛好家たちです。」
そういえば、2016年から最近まで彼らはこのキャッチコピーを掲げていた。
「A revolution of watchmaking(時計作りにおける改革)」
設立以来、彼らはずっと腕時計ではなく、時計作りという行程自体に革命をもたらそうという信念を貫いているのである。
 その固い意志により、構想から3年の歳月をかけて生まれたのが、2つのテンプを文房具のクリップのようなクラッチスプリングで結び、共振効果で精度の向上を試みた独自のレゾナンス機構である。しかしこのたった一つのバネの完成にまで、大量のリソースが注ぎ込まれた。
 そしてこの機構を搭載したレゾナンス・シリーズは、今やアーミン シュトロームのブランドを象徴する、他に類を見ない腕時計となった。

筋の通ったスケルトン

 アーミン シュトロームでは、製品のプロトタイピングからテストまでを全て自社工房内で完結することが可能で、ブリッジからネジ、ピニオンまでほぼ全てのパーツを自社製造し、当然ながら組み立ての全行程も社内で行う。
 近年では、もっとリーズナブルに独自の腕時計を届けたいという思いから、しばらく製造していたトゥールビヨンから、ブランドのアイデンティティとなったレゾナンスへと生産リソースを移行している。
 そもそもトゥールビヨンは、ケースが垂直に保たれる懐中時計において、重力の影響から姿勢差による誤差を補正するために、テンプ自体をケージに入れて回転させ、常にヒゲゼンマイの姿勢を変えることによって精度の向上を図った機構である。
 しかし近年では、アジア製の超安価な汎用ムーブメントを採用した腕時計が、KickstarterやIndieGoGoといったクラウドファンディングにおいて20万円を切る価格で乱発されるなど、その機能よりも見た目と動きからのファッション性が重視される傾向にある。すなわち日差の精度が上がらずとも、トゥールビヨンが壊れずに美しく回り続けてくれれば良い、というわけである。
 アーミン シュトロームでは、自社で生み出した技術を持ってその精度向上を実現させたため、見た目が華やかであるにも関わらず、品質を高めれば必然的に高価となるトゥールビヨンではなく、より安価で実用性と耐久性が高い自社独自のレゾナンス機構にブランド戦略のウェイトを大きくシフトする決断をした。
 それだけでは満足することなく、2020年には自社開発によるもう一つの新機構を発表した。それがSYSTEM 78である。創業者ふたりの生まれ年を名に冠したこのムーブメントは、たまたま修理を受けた懐中時計にヒントを得たものだ。
 腕時計の動力源は渦巻き状のゼンマイである。巻かれたゼンマイが緩もうとして引っ張る力が様々な歯車を回す力に変換されるわけだが、それが緩めば緩むほど、トルクが下がり、均等な強い力で引っ張れなくなる。ようするに、ゼンマイが切れそうな状態の腕時計は、しっかりと巻かれた腕時計に対して、機械を動かす力が弱く不安定になっている。
 それを解決するために、過去の時計師たちは様々な機構を発明してきた。ゼンマイの動力で、さらに短く小さなふたセット目のゼンマイを定期的に巻く、解放するを繰り返し、短い時間に区切ることによって結果的に均等な力で引くルモントワール機構。円錐状に巻きつけた鎖を直接の動力源として、テコの原理を応用して、ゼンマイが緩んできても歯車を回す力を均等に伝え続けるフュゼチェーンなどのコンスタントフォース機構。
 アーミン シュトロームは、それらとは全く違う方式を採った。顧客から修理に預かった懐中時計に搭載されていた古典的な仕組みにヒントを得て、ゼンマイが緩んでトルクが弱り始める前に、一定のところで動きを止めてしまおうという逆転発想を採用したのである。
 当然、既存の手法に比べれば、一定したトルクによる精度向上という面では見劣りするかもしれない。しかし、より故障リスクが低くリーズナブルな機構で、いわば20%の努力(コスト)で98点を取るという戦略で、より安価に実を取る意思決定をしたことになる。実際には潜在的なパワーリザーブの30%をも捨てることになるが、特筆すべきはSYSTEM78がそれでも実質72時間のリザーブを確保した点である。それでいて、実勢価格を200万円程度に抑えたことは、企業努力の賜物以外の何ものでもない。実際、ルモントワールやフュゼチェーンを備えた他の腕時計は、どれも軽く1,000万円級以上となっているからだ。

 現在、このSYSTEM 78は、男性用のGravity Equal Forceと女性用のLady Beatというモデルに搭載されている。男性用モデルの名称には機構の実が「引力」と表現されているのに対して、女性用モデルではその点には一切触れず、文字盤のレイアウトを三日月に見立てていることからも、彼らの美意識とブランドポリシーがひしひしと伝わる。男性は機械の面から美しさを、女性には美しさから機械の面をスケルトンという共通言語で見てほしいという思いである。
 それら革新的な機構に投資をする反面、アーミン シュトロームは伝統の踏襲にも努力を怠らない。全ての工程において職人の手による作業を重んじ、社内には11人の時計師のほか、ひとりの彫金師も抱えている。それが、ビトン氏の言葉を借りるとすれば、「360度全方位での、人の手による装飾」である。
 アーミン シュトロームは、数ある腕時計ブランドの中でも、いわゆる高級腕時計の部類に入るものの中では、もうひとつ唯一ともいえる特徴を持っている。それは…

続きはクロノセオリーマガジン本誌でご覧ください。

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